介護研修で学んだこと(かかわり)

接し方:雰囲気作り=①表情・態度・姿勢・②視線③声かけ

簡単受容、話を聴いていく態度=①うなずき・相槌・話の一語か2語の繰り返し

感情への応答気持ちをとらえて伝え返す=①重要な感情表現、②喜怒哀楽③不安④葛藤⑤態度⑥表情⑦動作の訴え
利用者を介護をする立場される立場で介護をするものがより良い利用者との人間関係を築き上げるための接し方の研修でした

施設の本棚にあった本を見て

What do you see?(私をみてちょうだい)

私を見て頂戴 職員さん、いったい何を見ているの?

私の何を見ているの?

あんたがたに見える私は、ただの不機嫌な顔をしたぼけ老人でしょうね。

ぼんやりとうつろな目をして、つぎに何したらいいかもわからない老人でしょうね。

ぼろぼろこぼしながら食べものを口に運び、

「ちゃんと食べて」と大声で言われても返事もしない老人でしょうね。

職員さんのしてくれることには知らん顔をして、

年がら年中、靴や靴下の片方をさがしている老人でしょうね。

お風呂や食事を嫌がってみても、

どうせ他にすることもないからって結局はいいなりになる老人でしょうね。

どう、この通りでしょう?

これがあんたがたに見える私でしょう?

さあ、職員さん、よおく目を開けて、私を見てちょうだい。

ここでじっと座って、命令されるままに動き、

言われるままに食べる私が本当はどういう人間なのか教えてあげるから。

私はね、10の歳には両親や兄弟の愛に囲まれた子どもだった。

娘盛りの16には愛する人に巡り合える日を夢見る乙女だった。

20歳で花嫁となり心弾ませて「この人に一生を捧げます」と誓ったのよ。

25には母親となって子どもたちのために心安らぐ家庭を築こうとした。

30のころは子どももすくすくと育ち親子は永遠の絆で結ばれていたの。

40になると子どもたちは一人前になり巣立っていった。でも私は嘆かない。

愛する夫がそばにいたから。

50代は再び赤ん妨に囲まれわが子とともに孫たちの成長を見守ったわ。


そして暗い日々がやってくる。

夫が死んでしまったから……

行く末を案じて不安におののいたわ。

子どもたちはそれぞれが子育てに精一杯だったもの。

そこで、思いは過ぎ去った愛の日々に飛んでいった。

もう私は年老いてしまった。

時の流れは情け容赦なく年寄りをおろかに見せ、身体をぼろぼろにし、

美しさも精気もどこかへ追いやってしまう。

そして、かつての柔らかな心は石のように閉ざされてしまった。

でもこの朽ちかけた肉体の奥には、若い娘がいまだに棲んでいるの。

この苦しみに満ちた胸は、今一度過ぎ去った日々を思い出しては喜びにはずみ、

悲しみにふさぐ……もう一度生き直しているの。

駆け足で通り過ぎていったあっと言う間の年月を思うと、

人生のはかなさをつくづく思い知らされる。

そうなの、だから職員さん、よおく目を開けて、私を見てちょうだい。

ここにいるのは、ただの不機嫌なぼけ老人じゃない。

もっと近くに寄って、本当の私を見てちょうだい!

<ドナルド・ダールステン寄稿―作者不明―>
介護職員の不祥事が相次ぐ中、少しだけでも考えていただけたらと思います。
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介護福祉士結果明暗

法人内で今年は5に試験を受けたが2人しか合格しなかった。
1月に試験から発表までの間自己採点で皆ぎりぎり何とか全員合格予想から2人の合格。合格した人も素直に喜べない。そしてイエローカード連発の人が合格では、しかも一発で。
頑張ってほしかった人が撃沈聞けば5回目だそうだ。
これも毎回1点差 2点差だそうだ。
詰めが甘いのかな~残念。
しかし、仕事はできるし、見込みで係りも与えられている。
一方期待うすだった人は、仕事はテキパキ報連相しっかりこなすきっちり型の人だけど臆病なのでマニアル通りなら完璧だけど予定がずれ込んだり、予定が狂うとパニックになる。
だけど合格して。
出しゃばり根性が目覚めたのか体操時利用者が集まってCDデッキスイッチオンの時体操係り時の中心に位置し立ち健康スピーチや健康や病気のことの注意点予防法などスピ―チ披露することが多くなった。
それに負けまいと看護師まで参戦そのおかげで午後の体操時間がとられプログラムがずれ込むことがしばしばある。
大切な情報ではあるが、デイサービスに来てレクリエーションゲームはなく講義を受けにいたのではない楽しみたいのにそれを提供するより講師になりたがる。健康情報をネットで調べ発表しかも偉そうに。
それよりオリジナルゲームをして勝敗について帰りの車中で、あれ何、楽しかったけど、悔しー今度もう一度行うとがあったれ必ず
頑張るからと会話が盛り上がって、楽しいと思うのだけれども。

気候も良くなり

春の嵐も過ぎ去り穏やかな気候になり外出レクなど企画が立てやすくなった。
桜の花見、随分行った。
近くに名所があるのがありがたい。
利用者様も今どのような季節、何が話題になっているか知っている。
最低限の情報は提供しなければと思う。
私自身、嫌というほど子供の頃から行ったことのある場所でも
利用者様にとっては初めての場所。
他の所から嫁いで来て子育てに追われどこにもいかなかったと思う。
始めてきたとか、何回来てもいいと感想を頂く。
改めて、もし自分の母親だとしたら市内の名所など一緒に行かないと思う。
親子デートしない(後悔)ですよ。

介護ケアについて学びました

小欲知足
 「小欲知足」 欲を少なくして足るを知るという仏教の教えであるが、幸せの原則を教えている言葉である。私達は、足るを知らない所から様々不幸感、苦しみを自ら紡ぎだしている部分がある
幸せとは、環境の良い悪い、お金の多寡ではなく、今ある環境に感謝できるか、足ることを知っているかにかかっている。私達は、感謝できる環境があるから感謝できるのではない、感謝する心があるから感謝できるのである。そしてその感謝はただいま、その環境において無限にあるのである。その事に気づいた人から幸せは訪れる。古来より幾多の聖人が説いてきたことである。
今日一日足ることを知り、感謝の気持ちで仕事をしよう。そう今思う事から幸せな人生は始まる。幸せは自分で決めるものであり、人や環境が決めるものではない。
ケアの原点は・・・
言葉が人格をつくる。

言葉は、気持ちに共感していることを伝える手段であり、言葉が届くためには、相手を全身、特に目と耳で感じ取りながら、そこで自分の自然な気持ちを誠実に語ることしかない。それはケアの本質も同じである。
ケアの語源は、Caring Relationship 配慮的人間関係である。ケアに従事する人は相手に心配りが必要という意である。利用者だけでなく職員間も同様である。
ケアの原点は思いやる心。相手への心配りである。

人の心を察することができた時、相手を思いやる気持ちが生まれる。自分の気持ちを察してもらえた時、感謝の気持ちが生まれる。この原点なくして、喜びあふれる仕事はできない。

サービスというのは本来、相手を喜ばせるためのものである。しかし、同時にこちらにも喜びが生まれてこなければならない。相手が喜べば、こちらも自然な感情として嬉しくなる。この喜び、喜ばれる中に真のサービスがある。この書を読みその通りだと思いましたので紹介いたしました

利用者の転倒リスク

利用者様が来所してウエルカムドリンク&バイタルで始まる順番にそって
入浴、機能訓練へと流れていく。
その間利用者は塗り絵、脳トレプリント、その人に合った過ごし方をする。
その時間中、自ら席を立ちトイレへ行こうとす利用者に対してちょっと待ってと大声でどなるスタッフ。杖を持たずにいこうとする利用者になんで杖をもっていかないと怒る。
失禁した利用者に対してもなんでトイレに行こうといった時行かないの!またはこんなになってと責めるような口調。
そんなんで、これで良いのか、いささか疑問である。
自分たちより機能が衰えたからと言って、その人たちより偉くなったわけでもない。
しかし上から目線で指導したがる。困ったスタッフ。
抑制による身体拘束。
安全で一番リスクのないことは抑制する抑える。
たしかに動かなかったら安全である。
しかし、リスクばかり考えその人の介護目標の事は考えていない。
ケアマネからもらった計画書を見たらそれなりの目標が書いてあるにも関わらず実行されていない。
リスクばかり恐れヒアリハットばかり気にしすぎ。本来のどのようにしていく方針がないままになっている。
今年の介護福祉士合格した職員の事ではあるが。
いかがなものか。

気候も良くなったので

春初めごろ北風の影響インフルエンザの予防など外出レクリエーションは控えていた。
3月中旬より季節の行事梅見、見学など徐々に外出の機会が増えていった。
今まで室内でのレクリエーションが中心でしたから利用者様も喜び楽しんで頂けた。
桜の花見も今回ブルーシート持参の本格的企画しかも花見弁当。食事時間が終わり少々の休憩時間の後、本来の時間通り事業所で行う午後の体操プログラムをその場で行った。
他の介護施設も来ていたが、どうゆう風に目に映ったか知らないけど。
とにかく楽しかった。利用者、職員も楽しかったと思う。なんだか親睦会のようでした。

利用者とお別れはこうなんだ

大好きだった利用者のAさん2年ほどの利用期間でしたがしっかりされている女性利用者さん。
元は役職のついた仕事をし定年後も経験を見込まれ第2の職場へその職場も無事定年。
しかし脳梗塞が原因で一人暮らしができなくなり近所だった私の施設へ入所された。
その後2年間のデイサービスを通しての付き合い。
気が合うのか前世でついあっていたのか とにかく気が合い話もっずいぶんした。
でも家族には恵まれず、子供たちとは疎遠で若いころバリバリ仕事をしながら社会上の付き合いで家を空けることもあったという。
そんな母親の姿が家庭を帰り見ず、遊び呆けている。
という母親の愛情が欲しかった子供の目に焼き付いたのでしょうか。
学校卒業してほとんど会っていないという。
その後も通販で買い物、海外旅行、趣味のカルチャーセンター通いだったそうです。(お金の浪費)
生まれて初めて男性から体を洗われたのがあんたでよかったと嘘のような感想。
その後居室で転倒して大腿骨骨折。
退院後は重度ランクの系列デイに移籍。
よく他の利用者を迎えに行った時、顔を合えば挨拶をしていたが、なんだか廃用症候群まっしぐら進んでいるな見るたびに思っていた。
3月生まれっだと思いだし元気なころの写真を探しメッセージカードを作ろうと準備していたらその写真以外の写真数枚お願い。じかに見せることなく。祭壇に飾られていた。
Aさんの子供たちは通夜で顔を見て施設の者と話その後ビジネスホテルに行ったという。見守りは葬儀屋さん寂しいよねAさん!。入浴後に保湿クリ―ムを塗っていた時いきなりふくよかな胸を押してけ窒息しそうになって私は怒って注意したけど、私が子供に見えたのかな。
これも人に言えない思い出だけど何十年後にまたそちらの世界で会いましょう

疲れとストレスから

デイで日々の活動の様子を写真に撮り笑顔のいい人。
その瞬間だとかレクの時盛り上がって大笑いしているときや集合写真。
ベストショットを撮るため、笑って~とかチ~ズとかの声をかけながら撮ります。
後で利用者様に小さい声で、あんた、優しい目になりなさい。
少し余裕をなくしていた時に言われた一言
利用者さんも職員の事をよく見ていますね。
笑わせることより、笑われることの難しさを改めて知った。

私を見て頂戴より

What do you see?(私をみてちょうだい)

私を見て頂戴 職員さん、いったい何を見ているの?

私の何を見ているの?

あんたがたに見える私は、ただの不機嫌な顔をしたぼけ老人でしょうね。

ぼんやりとうつろな目をして、つぎに何したらいいかもわからない老人でしょうね。

ぼろぼろこぼしながら食べものを口に運び、

「ちゃんと食べて」と大声で言われても返事もしない老人でしょうね。

職員さんのしてくれることには知らん顔をして、

年がら年中、靴や靴下の片方をさがしている老人でしょうね。

お風呂や食事を嫌がってみても、

どうせ他にすることもないからって結局はいいなりになる老人でしょうね。

どう、この通りでしょう?

これがあんたがたに見える私でしょう?

さあ、職員さん、よおく目を開けて、私を見てちょうだい。

ここでじっと座って、命令されるままに動き、

言われるままに食べる私が本当はどういう人間なのか教えてあげるから。

私はね、10の歳には両親や兄弟の愛に囲まれた子どもだった。

娘盛りの16には愛する人に巡り合える日を夢見る乙女だった。

20歳で花嫁となり心弾ませて「この人に一生を捧げます」と誓ったのよ。

25には母親となって子どもたちのために心安らぐ家庭を築こうとした。

30のころは子どももすくすくと育ち親子は永遠の絆で結ばれていたの。

40になると子どもたちは一人前になり巣立っていった。でも私は嘆かない。

愛する夫がそばにいたから。

50代は再び赤ん妨に囲まれわが子とともに孫たちの成長を見守ったわ。


そして暗い日々がやってくる。

夫が死んでしまったから……

行く末を案じて不安におののいたわ。

子どもたちはそれぞれが子育てに精一杯だったもの。

そこで、思いは過ぎ去った愛の日々に飛んでいった。

もう私は年老いてしまった。

時の流れは情け容赦なく年寄りをおろかに見せ、身体をぼろぼろにし、

美しさも精気もどこかへ追いやってしまう。

そして、かつての柔らかな心は石のように閉ざされてしまった。

でもこの朽ちかけた肉体の奥には、若い娘がいまだに棲んでいるの。

この苦しみに満ちた胸は、今一度過ぎ去った日々を思い出しては喜びにはずみ、

悲しみにふさぐ……もう一度生き直しているの。

駆け足で通り過ぎていったあっと言う間の年月を思うと、

人生のはかなさをつくづく思い知らされる。

そうなの、だから職員さん、よおく目を開けて、私を見てちょうだい。

ここにいるのは、ただの不機嫌なぼけ老人じゃない。

もっと近くに寄って、本当の私を見てちょうだい!

<ドナルド・ダールステン寄稿―作者不明―>

新年会の2次会で愚痴った方へ

そしてその感謝
 「小欲知足」 欲を少なくして足るを知るという仏教の教えであるが、幸せの原則を教えている言葉である。
私達は、足るを知らない所から様々不幸感、苦しみを自ら紡ぎだしている部分がある
幸せとは、環境の良い悪い、お金の多寡ではなく、今ある環境に感謝できるか、足ることを知っているかにかかっている。
今日一日足ることを知り、感謝の気持ちで仕事をしよう。そう今思う事から幸せな人生は始まる。幸せは自分で決めるものであり、人や環境が決めるものではない。

介護新たな年に向けて

あけましておめでとうございます。昨年はいろいろありましたが、一夜明けるともうリセットしなければいけない
新たな年に向け年明けからもう、動き出している。正月気分は利用者様にとって何事もなく、年が越せた喜びの方が幸せと言った方がいいかもしれません。
昨日まで楽しんでいた人が体調が悪くなり嘔吐したので早く帰宅して頂いたら次の日の朝亡くなった利用者や
室内で転倒して骨折し3か月は来所の見込みがないと言われそのまま退所の方向になった利用者もいた。今年はどんな年になるかはわかりませんが日一日を大切にし一日が終わり最後が笑顔で
帰宅してもらえるよう頑張ろうと思う。
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我が家の3男犬15歳7ヶ月で天国へ

最初は背中横にデキモノのようなものができていたけどまあまぁという感じでした。
特に病院に行くわけでもなし、自然に任せていたんです。
時々気になるのか足で器用にバタバタ動かしかいていた。
かじりすぎて血が出ているときがありました。
それでも、少し消毒して様子を見ることで次第にとうができ治るのくり返しでした。
朝夕の散歩も催促するように時間どうりにわんわんと知らせる
何時ものように引っ張るように散歩食欲は大食い
各ワクチン&ファラリヤの薬もすべてOKしかし、数か月前よりその傷も治らす肉が見えるほどになっていました。
肉汁も出る。なんかぐったり、とうとう、嫌いな病院に行ってもらい治療をしてもらったら蛆虫が傷の中からうじうじ
首の周りにもうじうじ。さっそくバリカンで刈り丁寧にピンセットで取り注射してもらいました。
熱も高熱を出していたそうです。
その後、数日がたち、また蛆虫の残党が出てきたまた、病院に行ってバリカンで大きい面積を刈り徹底駆除そして薬と注射でひとまず落ち着く。それから2か月で急変食欲もあり散歩も言う、しかし覇気は無くなってきている。そういう感じはしてきた。
病院で診てもらったら、人間ですともう高齢で中から大型では長生きしている方です。
体力も弱っています。其れからは、悔いのないよう介護士しながらの生活が始まりました。
玄関を整理して玄関で快適に過ごし栄養価の高い餌と紙おむつ使用散歩は玄関から道までは抱っこ用を足せばまた抱っこで玄関。
仕事から帰り玄関を開けるのがドキドキ、朝起きてドキドキの毎日
部屋から移動する時玄関を見ては安堵最後の1週間はもう明日がないかという状態。
最後の2日前体をさすりながら薄めたポカリを楽のみ器を使い飲ませたらごっくんと飲んだ。
そして、餌を食べなくなったので砕いて餌をやろうと差し出したら私の指まで噛みついた指が噛み切られるような力でした。そして2日後の朝冷たくなっていました。
思い出が多すぎる。
寂しいですね。
子供が小学校低学年の時それまで飼っていたのが亡くなり心が空っぽになっていた頃でどうしても欲しいと言い出したので戌探しを始めるもなかなかいない。
ペットショップでは高い譲渡会の抽選を何度も引きやっともらえた。その時獣医から成犬になるころは大きくなりますよ、獣医師より意思確認されても大丈夫と答え念願がかない我が家へ賢く容量のいい甘え上手な戌で我が家へ来た時首に空色のバンダナを巻いて来たのでそのまま名前は「そら」と決めました。以後は子供と同じく成長して思い出もたくさん作ることができました。餌の前に待てと言えばヨダレを流しながら待っていた。口の中に指を入れようと何を症と噛まなかった、べろべろなめるだけ、うんこも家でしない、しても気ずかれまいと自分で穴を掘り埋めていた。散歩ですれ違った他戌にほえたりせず無視。
でも最後は飼い主の勉強不足か初期の認知症だったかもしれない。その行動は後で本を見てわかった、もっといたわってやれたら、勉強不足か認知症行動が見られていたことに気が付かなかった。実感でも本当に忠誠心のある賢く可愛い憎めない上目使いのうまい「そら」君だったです。

ウェブリブログ登録10周年

ウェブリブログ事務局からお祝いメッセージが届きました
ブログ登録後10周年になりました。最初はPCの文字打ちの練習ぐらいの軽い動機ネタはその時々でPCの知識もなし、ましてや文章力もない、国語の成績悪かった特に文法。でもそんな私でもブログ訪問してくれている人がいるとわかり頑張ってきました。これからもこんな私のブログですが、何か意見がありましたらどうぞ遠慮なくどうぞよろしくお願いします

介護利用者はお客様

デイサービスに通う利用者、介護度1から5の利用者。メンドクサイ人わがままな人、問題老人すべてお客様一人暮らしがままならない人、職員も相手が高齢者、体力的にも劣っているので絶対優越的感がある。職員も問題ありの人もいるが介護でお金を頂く接客と思えばそんな態度も問題ありです。
たとえばデパートに買い物に行き横柄な態度の店員に向かって苦情を言いう。
すると上司がお客の怒りを鎮めようと平謝りそんな光景が思いい浮かべられます。
介護職員だって一日介護度に応じて9000円~12000の人が週3回通う。
しかも常連客
もしデイサービスがお店で利用者が1万円利用時間が終わった時支払うとしたら。
店だったら売上。
ありがとうございました。
店の外まだ出て深々と頭を下げ見送るようなところもあるだろう。
デイで現金の受け渡しはないが、こんな、面白くもないし、横柄な態度なら金は払わんという客(利用者)がいたら面白い。
福祉業は言わばサービス業ですから、接客の基本「挨拶」「笑顔」「身だしなみ」については、それぞれクリアしておく必要があります。
しかし職員も人です。
得意ではない利用者や自分自身の感情によって、ムラが生じてしまう場合もあるでしょう。
そこはプロ意識をしっかりと持ち、必要最低限の対応を実践しなくてはなりません。
「我々はサービス提供の対価としてお金を頂いている」という気持って接していく。
面倒を見てあげているというような上から目線ではいけません。

デイサービス遊びの効用

レクレーション・・遊びの効用
 
人が仲良くなるとは、「楽しい時間を共有すること」であり、人は楽しいことがあると頑張れる。

施設においては、生活環境の中から遊びに視点をあてることも大切である。例えば、離床することについて・・離床は生活におけるオン・オフであり生活リズムができる。楽しみ(遊び)があると、目的を持った離床が可能となる。

関係について・・スキンシップ・タッチング・コミュニケーション、遊びの中にあるこれらのものを通して、自然に関係を作ることができる。

環境について 車椅子・椅子・テーブル等、過ごしやすい環境作りができているか、遊びの中でもチェックできる。
楽しい雰囲気は情緒を安定させる。

遊びを通して童心に帰ることで、心の浄化作用がおこり心が安定する。

先週、、高齢者の家族が老人の集まるところに行かされるのはは不幸せ・・と言い両親が引きこもっていると相談がありました。

私の回答は
デイサービスだからこそ味わえる幸せもある。
利用者様が、今は友達もでき、寂しくないしとても良かったと思う。

家では寂しかった。

今は感謝している」とうれしそうに言われる。そんな利用者様もいます。
私は、五感を刺激できるような遊びを通じて、できる幸せ作りを今後も目指していきたいと考えている。

レクリエーションの大切さ

遊びの中で一時的にも心が開放されると癒される。遊びを通して関係作りができる。

笑顔で仲良くなるとは、楽しい時間を共有すること、人は楽しいことがあると頑張れます。

生活環境で遊びに視点をあてることも大切である。例えば、離床することについて・・離床は生活におけるオン・

オフであり生活リズムができる。楽しみ(遊び)があると、目的を持った離床が可能となる。

関係について・・スキンシップ・タッチング・コミュニケーション、遊びを通して、自然に関係を作ることができる。

環境について・・ 車椅子・椅子・テーブル等、過ごしやすい環境作りができているか、遊びの中で確認ができる。

楽しい雰囲気は情緒を安定させる。遊びを通して童心に帰ることで、心の浄化作用がおこり心が安定する。

デイサービスを勧められ 「最初はこんな所にと思ったが、今は友達もでき、寂しくないしとても良かったと思う。

家では寂しかった。

今は感謝している。

とうれしそうに言われる。

その言葉で明日からの励みになり介護の仕事もいいもんだなと感じます。



  

職務個人面談始まる

年頭に設定した業務に対して目標設定した評価個人面談を年2回行っている。
前期、後期、の中で管理者が気が付いたこと、批評、評価など去年からこの場を通じてある職員がまき散らしている悪評を指摘して本人に自覚を促してとみんなの総意ですと伝えているのに一向に改善されない。その人の問題で今まで2人退職に追い込まれている。また今だに火種がくすぶっている。早期発見早期治療なんだけど辞められると困る事情がある。
中小介護施設の泣き所。
さて私も受け終了結果良好。
必ず最後の締めくくりに何か意見はありませんか?
だから、日ごろ言っているじゃないか。
日ごろ言ってるけど今度からメモして・・・・
職場アンケートばかりで何のデータを取ってるの

利用者に対する女性職員の接遇

何度も研修を受けても、その時だけ。
もっともらしい報告書。
いざ現場では相変わらず、〇○ちゃん。呼ばわりをする。
確かに認知症で高齢者になると幼児退行する人もいるがでもなんでもチャンは聞きずらい。
親近感を増そうというのであれば辞めてもらいたい。
不穏になって落ち着きがなくなっても言葉による身体拘束モやめてほしい。
私も、今は体も丈夫だし健康そのものだけど動けなくなるとあ~言う扱いされるのか心配になる。
どうやら人間って強くなければ優しくなれない、だけど弱い者ほど力のようなものを持ったら弱いものを上から抑えつけようとする。
それが今の私の所の女性職員、劣等感の裏返しでとにかく私の言うことを聞け従え人一倍
利用者の転倒を防止していると言わんばかり説教する。
立派な人呆れるばかりです。
高学歴高齢者で体の一部が悪くてデイに通う利用者だけど頭はクリアな人には敬語の会話ができない。
認知症で短期記憶の乏しい人。
機能の衰えた人にはタメ口上から目線恩着せがましい。
私が若いころ行ってたクラブのホステスと会話ができないから、とりあえず、男ならおさわりだけで喜ぶだろう。
安キャバレーのホステスをその子に限って思い出した。

介護利用者と断捨離

ある、利用者なんだけど、大手企業の退職者現役のころは職場野球など楽しむ体格のいい人でした退職後も地域の活動に参加し活躍していました。
そんな人が脳疾患で倒れ車いす生活になり奥さんがず~と支えてきた。
今度は心筋梗塞で倒れた。
もう自宅生活は絶望退院後から夫婦でサ高住に入ることになった。
隣接する通所デイに夫婦通い楽しんでいたが奥様がアルツハイマー型認知症になっていることが分かり。
物忘れがひどくなってきた。
主人の世話は私の役目と思いはじめ固執自分の体力はさておき150%の力を出し切り腰を痛める歩けない
ないことを忘れ世話をしょうと動き出すも動けないなぜだろうとパニックが起こる騒ぎ出すの繰り返しで、とうとう夫婦別々のデイに行った方がいいと検討した結果そうした夜だけ一緒にいるのとで決まった。
あれから、数年また旦那が倒れ入院。
奥様には知らせず、その後退院した時は1階と2階に分けた。
もうその頃には認知症状もかなり進んでいていた。
施設廊下の徘徊、他の居室の深夜の訪問、間違って他の利用者の居室に入り込んで寝ていたのともあり
サ高住とデイでは対応が難しくなってきたので今度はグループホームへ転居。
以前より体格のいい旦那を世話しない分、体調がいいらしく体の動きもいい一日中歌を歌い笑い声が絶えないしかし、猛スピードで症状が進んでいる。
11月1日よりサ高住に戻ることなくそのまま隣の、グループホームへ引き継ぎ歩いて送迎。
夫婦2人とも施設に入居、施設の部屋にはテレビとベット、洗面道具だけ。
自宅には物が溢れていると思うがここでは断捨離した後のよう。
先は見えないが、このまま続く。
断捨離効果が出て福が舞い込んでくれたらいいと願うばかりです。なんか寂しい気持ちがあるけど
私も老後準備で少し断捨離ができるよう整理しなければいけない。
そして、嫁さんから断捨離宣言されないよう絶対必要な人間をアピールします

身体拘束研修後に思う

身体拘束とは平成22年3月まとめでは介保3施設及びグループホームでは入所者毎日33000人の高齢者が身体拘束を受けているという、結果が出ました、そのうち8000人は厚生労働省の言う必要やむおえない場合ではない拘束をされていることが分かったとのこと。
この必要やむ得ない場合ではないのに身体拘束をすることは法的には高齢者虐待に該当する。
でも、現在ではこの身体拘束0を目指す運動が実り減ってはいるが介護事故も増えている。
現状の課題はいくつもありなかなか改善しない。
デイでも介護1~5様々な状態の利用者を受け付けるが同じ5でも拘束しなければいけない利用者より車椅子利用者で全介助の方がいい拘束するための承諾や他の書類も絡んでくる。
メンドクサイ。認知症人が急病で救急搬送して入院することになれば。受け付けてくれない。受け付けても介助人を求められる。看護師が介護士のようににはできないから、現実は厳しい治療が終われば老健かサ住か忙しく他の退院後の事を考える。
おとなしい人ならいいが問題行動をとられたら何か制限しなければ危険リスクが増えてくる中小デイごときが受け入れますとは言えない精神病院なら薬や隔離他の方法でできるが介護施設ではほんとに限られている。
講師の方の話を聞きながら最小の人員で運営をしていく中では問い合わせがあった時にお断りした方がいいという意見で我がデイは結論を出した。
今何人かの利用者でそういう人がいて大変な目にあっている。
身体拘束はしていないが、一日中帰宅願望が繰り返し言い落ち着きがなく介護士が一人専属で付き添っている他の仕事がまったくできない状態そんな人がいるが、その人の家族から追加利用の要請があった時はさすがに断った。デイ以外の日はショートステイに行っているが最近断られているらしい。
施設での状態が想像できる。
家族の承諾がなく身体拘束はダメと言われれば断る。
そういった施設も増えていくのではと思った。
虐待は絶対いけないが身体拘束と虐待は裏表。
なくしては行きたいけど難しいことですね。
デイでもセクハラ・パワハラ・も言葉一何気ない行動がそれにあたる人の心は闇ですね

ケアの原点

某介護業界の先生の引用より
ケアの原点は・・・
言葉が人格をつくる。

言葉は、気持ちに共感していることを伝える手段であり、言葉が届くためには、相手を全身、特に目と耳で感じ取りながら、そこで自分の自然な気持ちを誠実に語ることしかない。それはケアの本質も同じである。
ケアの語源は、Caring Relationship 配慮的人間関係である。ケアに従事する人は相手に心配りが必要という意である。利用者だけでなく職員間も同様である。
ケアの原点は思いやる心。相手への心配りである。

人の心を察することができた時、相手を思いやる気持ちが生まれる。自分の気持ちを察してもらえた時、感謝の気持ちが生まれる。この原点なくして、喜びあふれる仕事はできない。

サービスというのは本来、相手を喜ばせるためのものである。しかし、同時にこちらにも喜びが生まれてこなければならない。相手が喜べば、こちらも自然な感情として嬉しくなる。この喜び、喜ばれる中に真のサービスがある。

介護虐待の疑問

新聞など介護施設で職員の虐待について大きく取り上げ、暴力や利用者に関する事件があればこことばかり
集中攻撃、でも虐待とか施設職員の金銭横領もあるのは事実。
職員はそれを職業にしているのだから仕方がない。
問題にならないよう研修とか職員勉強会を実施して対策を図っている。
これまでは職員の問題。さて介護は家族の介護となると、どうも美談にすり替わっている。実際知り合いが親の介護をしていると聞くと決まって、大変ですね。
まるで苦労を背負ってけなげに生活している家族愛を感じるがごとく同情のまなざし。
果たしてそうでしょうか。
美談ですか。苦労話ストーリーですか。
この業界に入ったころと今思うことが違う。
職員との人間関係、利用者からの暴言、セクハラ、利用者の経済状況、中流の家庭ではないが、中流の高齢者が中流以下の生活、年金が少ない足りない分は家族が負担必要最小限の物しか与えられない。または親の年金をあてにして横取り家族だから遠慮なくものを言う暴言も含む。
どっちもどっち家族虐待施設職員の虐待。
せめて、いつまでも私は利用者がもし親だったらこうしてやりたい、こんな言い方で叱咤激励しながらその人らしさの中で生活のできるよう配慮していきたいと思う。もちろん笑顔は忘れません

認知症の人のケア

認知症介護&ケアまず初めの入り口
その人個人を理解する・・・その人個人の歴史・個性・特性を理解し、その人に最も適したケアを提供する。
一定の枠にはめない非画一的なケア、平等ではなく公平なケアを心がける。
まず、そこからスタート

介護業界転職について

かって私は運送業界で働きこの介護業界へ転職した。私のような経歴の人はたくさんいると思います。
運送と言っても勤務形態は多種にわたる。
長距離輸送、工場構内専門、地場輸送、ルート配送、とにかく運送の種類はたくさんあって、荒くれ男ばかりの会社、強面ばかりのダンプ土建屋運送。私も色々な種類の運送会社で働いた
。ただ運転だけの綺麗な荷、職場には洗車機のある会社で汚れない、方や給料はあまり違わないが車の年式が古く汚いトラックで仕事、でも、仕事にはきつい汚いを我慢せればいくらでもあった。たぶんいくらでも今でもあると思う。使い捨ての業界。
長年そこの会社にいた時、入れ替わり入ってくる。3日坊主から職人気質の運転手、過去に傷を持つ人様々
昇給はあってないようなもの転職しながら給料のいい所で働く。
人間関係は2の次どうせ会社から出ればワンマン運転手お得意さん以外は気にならない。間違いなく届ければ優秀。だから狭い地域で転々と職場を変えても仕事内容はどこも同じようなもの。皆同じ道を走っている。
よって食べるとこも同じドライブイン。
会社は違えど道でよくすれ違いクラクションで合図。
仲間が転職しても何年か前に一緒に働いていた運転手仲間とまた同じ職場になったという話はよく耳にする。
運送業界も有限会社。株式会社とか言っても個人経営の色が濃い。
全国に名の知れた運送会社は別、だけとほとんど中小企業離職者が多いのが現実。給料は同じぐらいなら他を探して楽がしたいは正直な気持ち。どこでも雇ってくれる。
さて介護の世界も本当に似たようなもの。私の父が勤続45年で退職金でも貰い年金を貰うそんな人、介護の世界ではいない・。
何か気に入らなかったらすぐやめる辞めても次の介護施設はいくらでも見つかる。
しかも給料保障されたような金額、私の勤めているグループ施設も同じで定着しない他の施設で転々と働きたどり着いた施設内で前に一緒に働いていた。入れ替わりで退職したなどそういう話はよく飛び交う。
私は介護施設と言えばこの一社しかしらないけど、他のスタッフは何かの不満があり辞めることを繰り返した人が仲間に加わり。
過去の施設を例に今の施設のプログラムを自分の都合のいいよう変えようと発言する。意見が通らなければ、
結局自分のわがままが通用しないから面白くない、また転職をする。
私が勤めてきた運送業界とよく似た現象が介護業界でもよく似てる。
ほんとに何年の間に転職7・8社事業所の経歴はざら、面接で聞きたい介護で何がしたいのか。
ただ弱い立場の高齢者に対する優越感なのか考えさせられる。

介護接遇心得

①親しき仲にも礼儀あり
自分が親しいと思っていても利用者様にとっては居心地の良い関係か心のこもった介護を受けているかは別、
良かれと思って行ったサービスも大きなお世話となる場合があります。

②あいさつの効果
さわやかな挨拶は気持ちのいいものです
大きな声でゆっくり、はっきり。高齢者の方は高い声早い言葉が聞きにくいようです。相手の名前を呼んで声かけがいいです

③身だしなみ
個人のファッションは自由です。個人の解釈は別として誰もが好感を持てるような制服の着こなし介護職としての清潔感を保つような身だしなみ。派手な化粧、髪の毛、爪、アクセサリ、含む

幸せと笑顔は連鎖する

A子さんは明らかに歩行ができません。しかし同居の娘さんは歩かせると歩くのでデイサービスの職員さんも
歩かせることを意識した介助をしてほしい。
娘さんは無理やり立たせ状況としては引きずっているような介助ですA子さんは、反射的に足を出すことができていません。
入浴時皮膚観察はさりげなく行うようにしていますが、いつも青い打ち身の跡があり青から黄色に皮膚の色が変わってくる頃また新たな青痣ができています。
毎度の繰り返しです。デイでも下肢筋力の向上を目指し頑張ってもらっていますが特訓はできないですから介護職員が利用者に青痣をつけることがあれば問題ですよ。娘さんの思いも理解できます。娘さんも若いころの厳しいお母さんが、弱弱しく歩く姿につい口に出る責める声かけ。毎日のように厳しく育てられた時の復讐ではないのです。
せめて、どんな時でも笑顔で接していれば、笑顔が幸せを運んでくると思いますよ。
幸せと笑顔は連鎖する。
あの厳しかった、時には怒られ叩かれながら育てられてた。
急に病気になり歩くことができなくなった母を見ているとなんか歯がゆい気持ちになると言う
何かわかるような気持ちです。
最近の、相談より

バスハイク

年に一度恒例のバスハイクを企画している。今回は社会見学名目でお菓子工場見学。
片道1時間30分途中、道の駅によりトイレと買い物予定73~89歳比較的元気な人対象、職員がほぼ車いす利用者につき心配のないよう対応した。
車中は歌やクイズで盛り上がり楽しかった。
残念なのは、最初のトイレ休憩までトイレが間に合わなかった利用者がいたこと職員に気が付かれまいとしていたがわかっていた。トイレの中のゴミ箱にパンティーが脱ぎ捨てられていた。
その利用者以後ノーパンだったと思う。
他に尿パットに大量の尿の重みでもっこりしていた利用者。
課題が残った反省会であった。
でも本当にバスで遠いところに大勢で出かけ遠足のようで笑みが溢れていた。改めて今流行りの日帰りバスツアーの旅行会社の企画力に頭の下がるような気持ちで一杯です。
高齢者にはトイレの対応がなければ何処にもいけない。
思い知った、改めて本当に知った。

認知症利用者からの一言

何時ものように世間の出来事など話しながら私の手の毛をむしりながら次郎になるか?
背景にあるものとは
昔飼っていた猫、今はいないが可愛くてしょうがなかったみたいでいつも撫でていたらしい。
可愛さ余って時々猫の髭を引っ張っていたらしいその名残で何度も私の毛を引っ張りながら
次郎になるかと聞かれる。
私が、次郎はどんな子だったかと聞くと
次郎が次郎はどんな子だったとは、何ということを言うか~と激怒した
それ以降、私は次郎になってしまった。

改善という名の手抜き

デイ事業所ができオーナーも利用者獲得の為いろんなサービスを提供して他のケアマネより信頼を受け利用者をこのデイ事業所に託そうと思ったに違いない。
介護保険適用外の心のこもった、おもてなしもその一つ気配り目配り、でもずっと職員が長年いるわけでもない、いつか退職していくが、誰かが引き継いでいかないと、管理者が変わるたびに方針も変わりサービス内容も変わったりする。
新たに経費は掛からなくとも過剰なサービスになっていたり元が分からなく看板は同じでも中に入ったら別店舗だったというのはよくある話。
でも職員が変わっても新人教育する人がいない。
もし教育する人がいても、その人が何か改善したいと思ったら改善したいような教育をしていき教えてもらった人はそれが当たり前で普通になって、そこで一つ慣習が消える。
また消える合理的になって新たなサービスが始まるかと思いきや、利用の夢物語のような話ばかりで実現しない。
最近では3時のおやつの時お茶かコーヒーを出すが、小さいお盆にお茶とお菓子も小さい受け皿に置きおもてなしのようにだしていた。
創業以来10数年やってきていたが若い40歳そこそこの女性職員がお盆にコーヒーカップを乗せ後はお菓子も小袋に入っているのでお菓子の下に5センチ角の折り紙を敷きその上にお菓子を置いて出したらいいのではないかと提案してきた。
そうすると小袋に入ってい汚れていない皿まで洗う必要がないからという理由なるほど。
私はいいとも悪いとも言えないが、一理はあるもののサービス気配りの手抜きではないかと思い、ひと手間のサービスに合理化が必要かと問いただしたらなんと、今度のミーテングの議題にあげ結果を出したいときた。こんなこと話し合ってどうするのか。一人が言えば赤信号みんなで渡れば怖くない方式ですぐ群れたがる。そのくせ新サービスが増えることには敏感に反対する結局楽がしたいのか。まだ6が月以上前から中止しているフットオイルマッサージ、とかアロマオイルハンドマッサージの復活にはいまだに難癖を言って反対している。実行されるとマンツーマン対応になるからだ。コミュニケーションが保てないからだと思う1対1の接客がダメ何ともまあ呆れた