本日エスケープ有

当法人内のサ高住は特養化してきている。高齢者が自宅内で骨折か何かで入院手術後しばらくたってリハビリ回復期病院へ転院そこで2ヶ月リハビリに励んでもらって退院の流れ自宅で面倒が見れないと家族が打ち明けるとサ高住の紹介の運びとなる。状態が悪くても一応退院させ後は後は
訪問看護とヘルパー任せなのでなんだか受け皿になっているようで、回復の見込みが80%が全快となりこれ以上はない。その流れから法人内デイサービスに回ってきて認知症特化デイになって交流の場ではない会話が成り立たない。しかし体はまだいけているという思い込みから介護転倒
事故になる。そんな中、本日体は元気一杯足腰元気一杯だけど認知症状が治まらない。玄関から出るともう後戻りができない。まっすぐ歩くしかないどこまでも。サ高住の方からいなくなったという知らせ探した結果見つかったが暑かったし熱中症にならなくてよかった無事見つかった次第です。よかった

デイサービスに施設系の看護師を迎えたが

デイサービス定員が10人を超えると看護師も人員として置かないといけない。しかしながら、1人でも介護のほうが必要で看護師兼介護兼任ということで採用。看護師は状態観察・健康管理で一日中仕事はなく当然役割として介護のほうもやってもらうが、これが出来ない看護師は看護の仕事しかやれない。長年病人を見る側から一緒に楽しむこと。楽しみの提供企画となるとできない。デイサービスは病院ではない交流の場その中で機能訓練をしながら楽しみ元気になっていくはずなんだけど、病人としてみている。認知症だってその場一瞬でも笑顔になれるよう誘導していくようなことが出来ていない。レクゲームとなるとほぼできない盛り上げか他を知らない。本日そういう看護師さんが入社2ヶ月目、辞職願のアピール2週間に及ぶ紋々とした迷いに対し引き止め小作むなしく最終的にラインで通告してきた。これで決まった後は有給消化しますとのこと。難聴による幻聴、不眠で昼夜逆転で昼間の仕事中他に迷惑が掛からないかとという不安症の繰り返しが理由だそうだ、前から若年性認知症なのか不安と言っていた。もうこれ以上引き止めることはできないので退職受理。令和2年これで心の病で3人退職もう1人鬱になってしまい休職中早く治して戻っておいでとは言えないけどその子は素直で優しい子なんだけどね。もどかしさ

日々思うこと

毎日、毎日をきっぱりと終了せよあなたは全力をつくした。確かにへまもやったし馬鹿なこともしでかした。そんなことはできるだけ早く忘れよう。明日は、新しい日だ。明日をつつがなく、静かに始めるのだ。これは自分を励ます言葉。

実は手と脳との関係

手には脳とつながってる神経細胞が多くて第2の脳って呼ばれてるのは前に話しましたよね?
→こんなにスゴイ!一生覚えておきたい爪もみ健康法☆
手や指を動かすことで自然と脳の血流量が多くなり、活性化されて若返る、というわけ。

ポイント

1、左右の脳(=両手)を使う
体の右半分は左脳、左半分は右脳が司っている。脳全体を刺激するには、左右両手をまんべんなく使う
2、ストレスを溜め込まない
全くストレスの無い生活は、逆に脳を退化させるのだそう。しかし過度や長期に渡るストレスは、生活習慣病の引き金に
3、手を刺激する
毎日3分マッサージすることで、脳内の血流がアップ。ビタミン入りのクリームを使うとより効果的
4、好奇心を旺盛に
好奇心は脳の細胞を活性化させるのに欠かせない要素

こちらに脳年齢をチェックできるゲームのサイトがあります
脳年齢テスト
まずチェックして、手のマッサージをしてからもう1回チェックすると脳年齢が若返ってるかも

介護職員として思うこと

デイサービス職員が利用者対して思う事
ご利用者様は、あくまでも「お客様」です。料金を払ってわざわざデイサービスに通って頂いているのですから、ご自宅に居る時よりは楽しみを求めて利用されたいと思っていらっしゃいます。(ご利用者様は口に出して言わないだけです)

入浴介助しているから、機能訓練をしているから・・・それだけで十分だろう~と言う考え方は介護側の自信過剰で、大きな間違いです!

◆◆デイサービス利用中の全時間帯でご自宅の生活より満足して頂く◆◆

それでないと、お金を払って通う意味が有りません。

高齢者の転倒は命取

普段のつまずきでオットートーで体制を整えた経験はだれしも持っていると思う。しかし高齢者となれば止が聞かない。
しかし、そんなことはないと思っているのが高齢者自身だろう。骨も弱いもろい、先月デイフロアで移動中斜めに転倒した。強く転倒したわけでもないが倒れ後ろにごろんと丸まって転がった先に柱がありそれに頭を打ち血が噴き出した。当然救急搬送診断結果大転子骨骨折手術終了2ヶ月入院が認知症でリハビリも上手くいっていないとのこと。これで退院しても以前のようにいかない戻らない下肢筋力の強化は望めず現状維持になると思う。転倒で運悪くこれ以降杖歩行か車椅子かもしれない。デイでもインシデント報告対策検討中そして今月ビックニュースが飛び込んだ。
利用者方にお迎えに行ったところ取り込み中。後で電話するとのこと。
実は早朝自宅室内で転倒して救急搬送したそうでした。それが転倒した時肋骨が3本折れていて肺に刺さり血が溜まっていた搬送され家族が入院の用意の為帰宅中電話がかかりすぐに病院に帰ってきてくださいとのことで、数時間で心肺停止になりそのまま亡くなられた。あまりの急なことで突然の連絡でした。前回利用時2日前では単独で移動して転倒したらそれが命取りになるよと言って何度も見守り抜きで移動しょうとするので注意した矢先だったのに自宅では仕方がないその人の運命としか考えられないご冥福を祈ります。

久しぶりの飲み会(プライべート)

今年1月3人の新人さんがスタッフとして加わり新年会を兼ねて歓迎会それがコロナ。しかし今日特に少人数ですが3人でしました。他の職員に内緒でごくプライベートでたまには飲みたいねということで男1人女2人両手に花で実施中年男とすいては嬉しく。しかし人生相談の馬ではない話題は避けるもしょくばの悩み私をおっさんとみていろいろ際どい話しになる。私を男性とみていないのか普通に話す。人間関係・異性の入浴介助を日頃口に出さないことを酒の勢いで次々に出る。男性のエロ行為私だってある、女性利用者の陰部軟膏塗布処置その際利用者に断りを入れ行っているだけど、あたりまえ話を聞いてみるといろいろあるんだな。だけど酒の勢いと楽しい雰囲気で聞けた。当たり前のように行っていることでも真実が聞かれ良かった。改めてわがデイの職員の何気なく介助している介助にプロ意識を感じます。行為に敬服いたします。

認知症新しいことが覚えられない

認知症は病気の名前ではなく、病気の症状です。
・記憶が障害される・・・・でも昔のことは覚えています…「新しいことが覚えられない」
・何十年も一生懸命働いたり家族を支えて生きてこられた方が認知症にかかることが多い。
・記憶を障害される以外は、普通の人です。只物忘れすることで他の行動に影響が出ることもある。
・人が生きて行くうえで記憶がどれだけ大事なものか。さらに記憶が所々なかったらどんなに大変か。
・人の脳細胞は一日に10万個減認知症をお持ちの高齢者は100万個~1000万個脳の萎縮。
・何もしないと脳細胞はどんどん減ります。楽しいことをすると増えます。
コロナの影響で自粛ムード家にいてテレビばかり見ているとどんどん機能低下していきます。
こんな子供じみたことできない絵心がないからとか言わず一度試しに塗り絵をお勧めします。この部分はどの色を選ぶか
人物なら髪が黒とは決めず全体のバランスを考え髪の毛が緑でもいいのでは感性ですから、そう考えると新しい発見ができるかもしれませんね

プライドが邪魔する

私が採用面接をするとき必ず介護職員になぜ、この仕事を選らんだか尋ねたら、自分の肉親を介護をしていたとか将来自分の両親の介護の為。だけど覚悟を持ってやらないとすぐ挫折しますよとね言ってあげるのです。だって、介護パート時給850円ぐらいでリスク背負って働く。スーパーマーケットで働いても850円ぐらい出る。利用者とコミュニケーションをとり、うんこ処理もする。繰り返し同じことを言う利用者に対応。しかもレクリエーションの提供我を忘れ笑いのサービス。時には女でありながらバカ殿メイク、プライドを考えたらどこかで割り切りができるか必要。できなければ、なんで私がこんなことをしなければいけないのかと嘆きつつ辞めていく。介護サービス以外に何ができるか引き出しがいっぱいあると自分自身も楽しめるのだが。歌を歌う、折り紙ができる壁飾りを作る想像力、行事企画、オリジナル高齢者ゲームで盛り上げる。面白話術、ボケ突っ込み等ができれば自分自身も楽しめる。介助技術、身体介助はマニュアルがある。すぐ慣れるが、個々に合わせた心の支援が難しいです。勉強も必要いろいろ考えたら手っ取り早く他の仕事がいいと思ってくる。職員が定着しない。

グループホームとデイサービス

介護業界人手不足だけど誰でも採用とはいかない。新年1月よりグループホームからデイサービスへ移動され利用者の前で帰りの際今日は楽しかったといって頂けるよう私は頑張ります。と挨拶した中年介護君が今潰れようとしている。2日間無断欠勤。してもう一日連絡がなかったら自宅へ行こうと思った病気か自殺か心配だった。3日で連絡があったというより前の所属管理者の連絡着信履歴に反応して連絡があっただけのこと。私たちが何回も連絡した着信履歴は無視していたということになる。結局明日は出社するとのこと。しかし、朝の連絡で胃が痛くて動けないと言われるとお大事にと言わざる終えない。完全にうつ状態になってしまった。何がそうさせたのか彼に聞いてみたい気がするけど思い直しても鬱だからもう限界かな。私は介護職暦5年と豪語してグループホームの生活介助とデイの支援介助ギャップで悩んでいたのかもしれない。デイでは送迎、来所されたら楽しんでいただき、機能訓練もある、レクリエーションの提供(無事にきりがない企画)そして安心安全で帰ってもらってもらう。職員の言いなりになる利用者もいれば、はっきり意見を言う人対応に苦情を言い家族に謝罪色々。彼はデイをなめていたのかもしれない。あまりにも自分にできないことが多すぎ思い知らされたのだろう、まじめなだけに本人の介護の仕方が変われば新たな勉強をしないと中年介護職員は若いものに遅れることになる。外国人介護研修受け入れ(コロナで延期)介護記録もリアルタイムでPC入力ペーパーレスPCできませんこれできませんと言っていたら業界の進歩に乗り遅れる。介護に思い込み持論プライドにこだわっていると取り残される私は彼を見ながら自分を振り返って他人事ではないと感じた私も、しっかり中年介護職員。

介護福祉士としての自信

ちょっと待って介護施設で働くため講習や専門職教育を受け職に就くプライドがあるはずだが、たいして専門知識もないのにおばちゃん介護さんが年の功で若い介護士に指示をする。若い介護士はおばちゃんパーワーに負け従う。しかし、実践するのは介護士、責任も介護士。ちょっと介護をかじったおばちゃん介護に口出しは無用だと思う。また介護福祉士も誰が言っても国家資格なのだから自信をもって対応すべき。また介護福祉士合格してもその後介護について知識を学ぶ姿勢が大切だと思う。

介護施設を考えるとき

高齢になっても元気に暮らしている人、同居家族がいる場合は良かろう。しかし、何の前触れもなく突然の転倒骨折で手術2ヶ月の入院で一気に環境が変わったご本人様。変化のない入院生活、ベットから離れるときはリハビリもしくは術後はリハビリ病院へ転院そこでリハビリをしながら回復を図る。もちろん、もう100%の回復は見込めず70%が最高回復となる。もうこれ以上の回復が見込めなくなったら退院の運びになる。納得のいくまで入院はできないスポーツジムではない他の病院に転院するか退院するか事務所からお話がある。自宅にも戻れないまた老夫婦で介護ができないそんな人の為に一時サ高住に入れるかという話が持ち上がってくる。早く退院させたいが受け入れ先がないと強制できない交渉が始まりサ高住へ入ることになる。それを知ってか営業に回っている。時々この人はサ高住で対応でいないだろうと思う人が入居する。もちろん施設ナース見守りつき、訪問看護。往診まるで第二の病棟かもちろん介護度の低い人はそこからデイサービスに通い楽しみを見つけて機能低下防止に努めている人もいる。

変なプライド

関連施設にグループホーム、サ高住、デイサービスがあります。当然スキルアップのため研修も2ヶ月に一度各施設一同集まり研修する。講習だったり、グループワークだったり様々。去年からデイ男性社員がグループホームの業務がしたいと願い出ていた。そのころグループホームの介護に行き詰まりを感じていた男性職員がいたので交換トレードでデイのほうへ移動になった。ご本人自信満々利用者様を楽しませることができる。グループホームは重度の認知症の利用者が多く楽しませと思っていてもリアクションがないでも、デイなら自分を活かせることだった。残念ながら経験5年あると豪語していたがGHの介護とDSの介護とは質が違う業務内容も違う一部同じというだけ。送迎管理、レク企画、声かけ手法、業務報告、レクのレパートリーを持っていないと飽きられてしまう。機能訓練体操、特定の機能ゲーム脳トレ、覚えることは山ほどあるが2ヶ月は見習いとしてみていたがもう4ヶ月目に入ろうとするが何一つ満足できる結果は残せないでいる。多分、本人デイは楽しそうと思っていたに違いない。しかしできない自分のプライドが今ずたずたに切り裂かれいる。最初からデイは初めてだから慣れ頑張ります。でよかったのに
自らハードルを上げた状態できたから余裕もなくいっぱいいっぱい。今は空のプライドで空回り。毎朝の朝礼で唱和するチームワークで介護、報連相の徹底、が意味通じていない、わかってはいるけど、プライドが邪魔をして聞くことができない、生活支援的介護とデイにお客さんとして遊びに来て食事、入浴、排泄介護、楽しみの提供、機能訓練の機能低下予防介護、送迎サービス。同じ介護施設といわれても違うんです。私も他の施設に移動になったらメモを取りながら頑張ります。施設が変われば質も変わります。

介護はチームワーク

去年までチームワークは良かったと思います。しかし一人のモンスター介護士の流れに沿って行えば良いということです。
いろいろありました、利用者を自分の都合のいいように誘導していく。できなければ嫌味を平気で言う。また同じことをやっていても自分の失敗はさておき他の失敗なら追及の手は緩めない管理者であろうと。そんな介護士が退職して新規に女性介護パート新規採用ところがどうでしょ。スピーチロックはなしもちろん見守りはしますがあえてスピーチロック的なことは言わずそばでより添っていくにつれ和が生まれ笑顔がが増えたように思います。今回の人事異動は成功と言えよう。デイサービスの利用者様はお客様一日利用していただき帰る時は楽しかったと言ってもらいたい。今は十分できる新人職員もそれはわかっておりオリジナルレクゲームも開発に取り組んでいる。楽しい職員と利用者の関係がうまくなってくると私たちも仕事に対して生きがいを感じることができる。利用者様も心を開いて下さる。小規模デイサービスにとって大切なんBんだと痛切に感じる。やはり介護はチーム介護だと悟った

新規一転今年もやります

改革の年去年は自分にとってショックなことがありブログなんて心の余裕がなかった自分が入社したころは元気でダメ出しを多く頂いた利用者様が相次いで亡くなったり他の特養に移ったり寂しいことばかり。年齢を考えたら仕方がない事と思いつつ自分を責める。長い先の楽しみより今、&今日、一日がどうだったかを重視したい。今日一日楽しかったか、良いサービス提供できたか。認知症状はあるものの満足できる傾聴はできたか常に考えながら利用者と接していきたいと思います。行動を制限したりスピーチロックの連発でその日の夜、急変して救急搬送後、数日後亡くなったことがありますから悔いのないよう努めたいと考えます。


介護事故というべきか

糖尿治療中、人口透析、低血糖、右大腿転子部骨折あり人口骨手術あり利用者骨折は4年前ぐらいのことで今は杖歩行で歩いていた。
もとは活動的だったらしく学生時代はスポーツを楽しんでいた、いろいろなことに挑戦をする利用者さん。でも4年前ぐらい前に骨折して
入院した時入院中にせん妄が出始たり被害妄想もあり家族はあまりの変わりようで絶望していた。ただ持ち前の根性でリハビリに励み復活
持病は治ることはないが外科的治療は終了した。その後認知症が出始め施設入居となり現在にいたる。施設の大勢と関わるようになり精神的なことはかなり改善されたと家族から感謝の言葉をいつも頂いていた。居室で転倒してもまたこけた程度で特に心配いらないということでした。
あれから、4年たち機能も衰えている。血圧が高い、インスリンの注射を毎日するのは当然。血糖コントロール薬も増えた低血糖で病院へ搬送される回数の多くなった。しかし、このごろは調子がよく体も動く元気もいい数か月続いている身体を使うレクリエーションゲームにも参加して多いに楽しんだ。ご本人も楽しかったと思います。そしてゲーム中張り切りすぎて椅子からずり落ち変な倒れ方をした。いわるる受け身のない、本人、足が痛いと言い身体を動かすと激痛で顔を歪めた。他の利用者が動揺しないよう配慮しながら救急車要請、結果、左大腿転子骨折と分かり即入院
さて今後の治療方針を家族と一緒に聞いた。医者の話は外科手術は簡単でもリスクもあるどうしますか?と問いかけられる。よくないリスクだとりあえず糖尿があるし人口透析もあるので手術まで時間がかかる。その後もっと設備のいい大病院へ転院を進められ行くことに。そこで痛みも和らぎ安定してきたので手術にふみ切った。その病院で人口透析も受けられる。リハビリも順調と聞いて安心していた。リハビリ専門病院へ転院。頑張っていると聞いていた。しかしまた具合が悪くなり元の病院へ戻り転院。見舞いに行くと明らかに様子が変。家に帰り救急車で運ばれたとき聞いた医者からのリスクの説明がこだまして夜眠れなかった。医者は手術は簡単しかし人工透析、糖尿高血圧などがあり術後3か月以内に統計的に合併症を引き起こし30%の患者が亡くなっているというデーターがあると言っていた。様子観察対処療法でこのまま車いす生活になり歩けなくなるがリスクは回避できるかもしれない。手術を行いもう一度杖歩行できるまで頑張るかしかし言った通りリスクは覚悟したほうが良い。家族もこの先は見えている、どこまで頑張れるか見たいその時はもう覚悟できているようだった。定期的に様子が家族からあり悪いほうへ流れている。話だった反応がない、食欲がない、人口透析が受けられない。え!!!!・・・それから、数日の訃報の電話。急いで祭壇の前へ思い出の写真集を飾ってもらうため3年分の写真記録を見て選び急いで作り霊前の前に飾った。もとはといえばレクを企画したのは私で、それがきっかけと思ったら申し訳ない気持ちでいっぱいです。…合唱

介護研修で学んだこと(かかわり)

接し方:雰囲気作り=①表情・態度・姿勢・②視線③声かけ

簡単受容、話を聴いていく態度=①うなずき・相槌・話の一語か2語の繰り返し

感情への応答気持ちをとらえて伝え返す=①重要な感情表現、②喜怒哀楽③不安④葛藤⑤態度⑥表情⑦動作の訴え
利用者を介護をする立場される立場で介護をするものがより良い利用者との人間関係を築き上げるための接し方の研修でした

施設の本棚にあった本を見て

What do you see?(私をみてちょうだい)

私を見て頂戴 職員さん、いったい何を見ているの?

私の何を見ているの?

あんたがたに見える私は、ただの不機嫌な顔をしたぼけ老人でしょうね。

ぼんやりとうつろな目をして、つぎに何したらいいかもわからない老人でしょうね。

ぼろぼろこぼしながら食べものを口に運び、

「ちゃんと食べて」と大声で言われても返事もしない老人でしょうね。

職員さんのしてくれることには知らん顔をして、

年がら年中、靴や靴下の片方をさがしている老人でしょうね。

お風呂や食事を嫌がってみても、

どうせ他にすることもないからって結局はいいなりになる老人でしょうね。

どう、この通りでしょう?

これがあんたがたに見える私でしょう?

さあ、職員さん、よおく目を開けて、私を見てちょうだい。

ここでじっと座って、命令されるままに動き、

言われるままに食べる私が本当はどういう人間なのか教えてあげるから。

私はね、10の歳には両親や兄弟の愛に囲まれた子どもだった。

娘盛りの16には愛する人に巡り合える日を夢見る乙女だった。

20歳で花嫁となり心弾ませて「この人に一生を捧げます」と誓ったのよ。

25には母親となって子どもたちのために心安らぐ家庭を築こうとした。

30のころは子どももすくすくと育ち親子は永遠の絆で結ばれていたの。

40になると子どもたちは一人前になり巣立っていった。でも私は嘆かない。

愛する夫がそばにいたから。

50代は再び赤ん妨に囲まれわが子とともに孫たちの成長を見守ったわ。


そして暗い日々がやってくる。

夫が死んでしまったから……

行く末を案じて不安におののいたわ。

子どもたちはそれぞれが子育てに精一杯だったもの。

そこで、思いは過ぎ去った愛の日々に飛んでいった。

もう私は年老いてしまった。

時の流れは情け容赦なく年寄りをおろかに見せ、身体をぼろぼろにし、

美しさも精気もどこかへ追いやってしまう。

そして、かつての柔らかな心は石のように閉ざされてしまった。

でもこの朽ちかけた肉体の奥には、若い娘がいまだに棲んでいるの。

この苦しみに満ちた胸は、今一度過ぎ去った日々を思い出しては喜びにはずみ、

悲しみにふさぐ……もう一度生き直しているの。

駆け足で通り過ぎていったあっと言う間の年月を思うと、

人生のはかなさをつくづく思い知らされる。

そうなの、だから職員さん、よおく目を開けて、私を見てちょうだい。

ここにいるのは、ただの不機嫌なぼけ老人じゃない。

もっと近くに寄って、本当の私を見てちょうだい!

<ドナルド・ダールステン寄稿―作者不明―>
介護職員の不祥事が相次ぐ中、少しだけでも考えていただけたらと思います。

介護福祉士結果明暗

法人内で今年は5に試験を受けたが2人しか合格しなかった。
1月に試験から発表までの間自己採点で皆ぎりぎり何とか全員合格予想から2人の合格。合格した人も素直に喜べない。そしてイエローカード連発の人が合格では、しかも一発で。
頑張ってほしかった人が撃沈聞けば5回目だそうだ。
これも毎回1点差 2点差だそうだ。
詰めが甘いのかな~残念。
しかし、仕事はできるし、見込みで係りも与えられている。
一方期待うすだった人は、仕事はテキパキ報連相しっかりこなすきっちり型の人だけど臆病なのでマニアル通りなら完璧だけど予定がずれ込んだり、予定が狂うとパニックになる。
だけど合格して。
出しゃばり根性が目覚めたのか体操時利用者が集まってCDデッキスイッチオンの時体操係り時の中心に位置し立ち健康スピーチや健康や病気のことの注意点予防法などスピ―チ披露することが多くなった。
それに負けまいと看護師まで参戦そのおかげで午後の体操時間がとられプログラムがずれ込むことがしばしばある。
大切な情報ではあるが、デイサービスに来てレクリエーションゲームはなく講義を受けにいたのではない楽しみたいのにそれを提供するより講師になりたがる。健康情報をネットで調べ発表しかも偉そうに。
それよりオリジナルゲームをして勝敗について帰りの車中で、あれ何、楽しかったけど、悔しー今度もう一度行うとがあったれ必ず
頑張るからと会話が盛り上がって、楽しいと思うのだけれども。

気候も良くなり

春の嵐も過ぎ去り穏やかな気候になり外出レクなど企画が立てやすくなった。
桜の花見、随分行った。
近くに名所があるのがありがたい。
利用者様も今どのような季節、何が話題になっているか知っている。
最低限の情報は提供しなければと思う。
私自身、嫌というほど子供の頃から行ったことのある場所でも
利用者様にとっては初めての場所。
他の所から嫁いで来て子育てに追われどこにもいかなかったと思う。
始めてきたとか、何回来てもいいと感想を頂く。
改めて、もし自分の母親だとしたら市内の名所など一緒に行かないと思う。
親子デートしない(後悔)ですよ。

介護ケアについて学びました

小欲知足
 「小欲知足」 欲を少なくして足るを知るという仏教の教えであるが、幸せの原則を教えている言葉である。私達は、足るを知らない所から様々不幸感、苦しみを自ら紡ぎだしている部分がある
幸せとは、環境の良い悪い、お金の多寡ではなく、今ある環境に感謝できるか、足ることを知っているかにかかっている。私達は、感謝できる環境があるから感謝できるのではない、感謝する心があるから感謝できるのである。そしてその感謝はただいま、その環境において無限にあるのである。その事に気づいた人から幸せは訪れる。古来より幾多の聖人が説いてきたことである。
今日一日足ることを知り、感謝の気持ちで仕事をしよう。そう今思う事から幸せな人生は始まる。幸せは自分で決めるものであり、人や環境が決めるものではない。
ケアの原点は・・・
言葉が人格をつくる。

言葉は、気持ちに共感していることを伝える手段であり、言葉が届くためには、相手を全身、特に目と耳で感じ取りながら、そこで自分の自然な気持ちを誠実に語ることしかない。それはケアの本質も同じである。
ケアの語源は、Caring Relationship 配慮的人間関係である。ケアに従事する人は相手に心配りが必要という意である。利用者だけでなく職員間も同様である。
ケアの原点は思いやる心。相手への心配りである。

人の心を察することができた時、相手を思いやる気持ちが生まれる。自分の気持ちを察してもらえた時、感謝の気持ちが生まれる。この原点なくして、喜びあふれる仕事はできない。

サービスというのは本来、相手を喜ばせるためのものである。しかし、同時にこちらにも喜びが生まれてこなければならない。相手が喜べば、こちらも自然な感情として嬉しくなる。この喜び、喜ばれる中に真のサービスがある。この書を読みその通りだと思いましたので紹介いたしました

利用者の転倒リスク

利用者様が来所してウエルカムドリンク&バイタルで始まる順番にそって
入浴、機能訓練へと流れていく。
その間利用者は塗り絵、脳トレプリント、その人に合った過ごし方をする。
その時間中、自ら席を立ちトイレへ行こうとす利用者に対してちょっと待ってと大声でどなるスタッフ。杖を持たずにいこうとする利用者になんで杖をもっていかないと怒る。
失禁した利用者に対してもなんでトイレに行こうといった時行かないの!またはこんなになってと責めるような口調。
そんなんで、これで良いのか、いささか疑問である。
自分たちより機能が衰えたからと言って、その人たちより偉くなったわけでもない。
しかし上から目線で指導したがる。困ったスタッフ。
抑制による身体拘束。
安全で一番リスクのないことは抑制する抑える。
たしかに動かなかったら安全である。
しかし、リスクばかり考えその人の介護目標の事は考えていない。
ケアマネからもらった計画書を見たらそれなりの目標が書いてあるにも関わらず実行されていない。
リスクばかり恐れヒアリハットばかり気にしすぎ。本来のどのようにしていく方針がないままになっている。
今年の介護福祉士合格した職員の事ではあるが。
いかがなものか。

気候も良くなったので

春初めごろ北風の影響インフルエンザの予防など外出レクリエーションは控えていた。
3月中旬より季節の行事梅見、見学など徐々に外出の機会が増えていった。
今まで室内でのレクリエーションが中心でしたから利用者様も喜び楽しんで頂けた。
桜の花見も今回ブルーシート持参の本格的企画しかも花見弁当。食事時間が終わり少々の休憩時間の後、本来の時間通り事業所で行う午後の体操プログラムをその場で行った。
他の介護施設も来ていたが、どうゆう風に目に映ったか知らないけど。
とにかく楽しかった。利用者、職員も楽しかったと思う。なんだか親睦会のようでした。

利用者とお別れはこうなんだ

大好きだった利用者のAさん2年ほどの利用期間でしたがしっかりされている女性利用者さん。
元は役職のついた仕事をし定年後も経験を見込まれ第2の職場へその職場も無事定年。
しかし脳梗塞が原因で一人暮らしができなくなり近所だった私の施設へ入所された。
その後2年間のデイサービスを通しての付き合い。
気が合うのか前世でついあっていたのか とにかく気が合い話もっずいぶんした。
でも家族には恵まれず、子供たちとは疎遠で若いころバリバリ仕事をしながら社会上の付き合いで家を空けることもあったという。
そんな母親の姿が家庭を帰り見ず、遊び呆けている。
という母親の愛情が欲しかった子供の目に焼き付いたのでしょうか。
学校卒業してほとんど会っていないという。
その後も通販で買い物、海外旅行、趣味のカルチャーセンター通いだったそうです。(お金の浪費)
生まれて初めて男性から体を洗われたのがあんたでよかったと嘘のような感想。
その後居室で転倒して大腿骨骨折。
退院後は重度ランクの系列デイに移籍。
よく他の利用者を迎えに行った時、顔を合えば挨拶をしていたが、なんだか廃用症候群まっしぐら進んでいるな見るたびに思っていた。
3月生まれっだと思いだし元気なころの写真を探しメッセージカードを作ろうと準備していたらその写真以外の写真数枚お願い。じかに見せることなく。祭壇に飾られていた。
Aさんの子供たちは通夜で顔を見て施設の者と話その後ビジネスホテルに行ったという。見守りは葬儀屋さん寂しいよねAさん!。入浴後に保湿クリ―ムを塗っていた時いきなりふくよかな胸を押してけ窒息しそうになって私は怒って注意したけど、私が子供に見えたのかな。
これも人に言えない思い出だけど何十年後にまたそちらの世界で会いましょう

疲れとストレスから

デイで日々の活動の様子を写真に撮り笑顔のいい人。
その瞬間だとかレクの時盛り上がって大笑いしているときや集合写真。
ベストショットを撮るため、笑って~とかチ~ズとかの声をかけながら撮ります。
後で利用者様に小さい声で、あんた、優しい目になりなさい。
少し余裕をなくしていた時に言われた一言
利用者さんも職員の事をよく見ていますね。
笑わせることより、笑われることの難しさを改めて知った。

私を見て頂戴より

What do you see?(私をみてちょうだい)

私を見て頂戴 職員さん、いったい何を見ているの?

私の何を見ているの?

あんたがたに見える私は、ただの不機嫌な顔をしたぼけ老人でしょうね。

ぼんやりとうつろな目をして、つぎに何したらいいかもわからない老人でしょうね。

ぼろぼろこぼしながら食べものを口に運び、

「ちゃんと食べて」と大声で言われても返事もしない老人でしょうね。

職員さんのしてくれることには知らん顔をして、

年がら年中、靴や靴下の片方をさがしている老人でしょうね。

お風呂や食事を嫌がってみても、

どうせ他にすることもないからって結局はいいなりになる老人でしょうね。

どう、この通りでしょう?

これがあんたがたに見える私でしょう?

さあ、職員さん、よおく目を開けて、私を見てちょうだい。

ここでじっと座って、命令されるままに動き、

言われるままに食べる私が本当はどういう人間なのか教えてあげるから。

私はね、10の歳には両親や兄弟の愛に囲まれた子どもだった。

娘盛りの16には愛する人に巡り合える日を夢見る乙女だった。

20歳で花嫁となり心弾ませて「この人に一生を捧げます」と誓ったのよ。

25には母親となって子どもたちのために心安らぐ家庭を築こうとした。

30のころは子どももすくすくと育ち親子は永遠の絆で結ばれていたの。

40になると子どもたちは一人前になり巣立っていった。でも私は嘆かない。

愛する夫がそばにいたから。

50代は再び赤ん妨に囲まれわが子とともに孫たちの成長を見守ったわ。


そして暗い日々がやってくる。

夫が死んでしまったから……

行く末を案じて不安におののいたわ。

子どもたちはそれぞれが子育てに精一杯だったもの。

そこで、思いは過ぎ去った愛の日々に飛んでいった。

もう私は年老いてしまった。

時の流れは情け容赦なく年寄りをおろかに見せ、身体をぼろぼろにし、

美しさも精気もどこかへ追いやってしまう。

そして、かつての柔らかな心は石のように閉ざされてしまった。

でもこの朽ちかけた肉体の奥には、若い娘がいまだに棲んでいるの。

この苦しみに満ちた胸は、今一度過ぎ去った日々を思い出しては喜びにはずみ、

悲しみにふさぐ……もう一度生き直しているの。

駆け足で通り過ぎていったあっと言う間の年月を思うと、

人生のはかなさをつくづく思い知らされる。

そうなの、だから職員さん、よおく目を開けて、私を見てちょうだい。

ここにいるのは、ただの不機嫌なぼけ老人じゃない。

もっと近くに寄って、本当の私を見てちょうだい!

<ドナルド・ダールステン寄稿―作者不明―>

新年会の2次会で愚痴った方へ

そしてその感謝
 「小欲知足」 欲を少なくして足るを知るという仏教の教えであるが、幸せの原則を教えている言葉である。
私達は、足るを知らない所から様々不幸感、苦しみを自ら紡ぎだしている部分がある
幸せとは、環境の良い悪い、お金の多寡ではなく、今ある環境に感謝できるか、足ることを知っているかにかかっている。
今日一日足ることを知り、感謝の気持ちで仕事をしよう。そう今思う事から幸せな人生は始まる。幸せは自分で決めるものであり、人や環境が決めるものではない。

介護新たな年に向けて

あけましておめでとうございます。昨年はいろいろありましたが、一夜明けるともうリセットしなければいけない
新たな年に向け年明けからもう、動き出している。正月気分は利用者様にとって何事もなく、年が越せた喜びの方が幸せと言った方がいいかもしれません。
昨日まで楽しんでいた人が体調が悪くなり嘔吐したので早く帰宅して頂いたら次の日の朝亡くなった利用者や
室内で転倒して骨折し3か月は来所の見込みがないと言われそのまま退所の方向になった利用者もいた。今年はどんな年になるかはわかりませんが日一日を大切にし一日が終わり最後が笑顔で
帰宅してもらえるよう頑張ろうと思う。

我が家の3男犬15歳7ヶ月で天国へ

最初は背中横にデキモノのようなものができていたけどまあまぁという感じでした。
特に病院に行くわけでもなし、自然に任せていたんです。
時々気になるのか足で器用にバタバタ動かしかいていた。
かじりすぎて血が出ているときがありました。
それでも、少し消毒して様子を見ることで次第にとうができ治るのくり返しでした。
朝夕の散歩も催促するように時間どうりにわんわんと知らせる
何時ものように引っ張るように散歩食欲は大食い
各ワクチン&ファラリヤの薬もすべてOKしかし、数か月前よりその傷も治らす肉が見えるほどになっていました。
肉汁も出る。なんかぐったり、とうとう、嫌いな病院に行ってもらい治療をしてもらったら蛆虫が傷の中からうじうじ
首の周りにもうじうじ。さっそくバリカンで刈り丁寧にピンセットで取り注射してもらいました。
熱も高熱を出していたそうです。
その後、数日がたち、また蛆虫の残党が出てきたまた、病院に行ってバリカンで大きい面積を刈り徹底駆除そして薬と注射でひとまず落ち着く。それから2か月で急変食欲もあり散歩も言う、しかし覇気は無くなってきている。そういう感じはしてきた。
病院で診てもらったら、人間ですともう高齢で中から大型では長生きしている方です。
体力も弱っています。其れからは、悔いのないよう介護士しながらの生活が始まりました。
玄関を整理して玄関で快適に過ごし栄養価の高い餌と紙おむつ使用散歩は玄関から道までは抱っこ用を足せばまた抱っこで玄関。
仕事から帰り玄関を開けるのがドキドキ、朝起きてドキドキの毎日
部屋から移動する時玄関を見ては安堵最後の1週間はもう明日がないかという状態。
最後の2日前体をさすりながら薄めたポカリを楽のみ器を使い飲ませたらごっくんと飲んだ。
そして、餌を食べなくなったので砕いて餌をやろうと差し出したら私の指まで噛みついた指が噛み切られるような力でした。そして2日後の朝冷たくなっていました。
思い出が多すぎる。
寂しいですね。
子供が小学校低学年の時それまで飼っていたのが亡くなり心が空っぽになっていた頃でどうしても欲しいと言い出したので戌探しを始めるもなかなかいない。
ペットショップでは高い譲渡会の抽選を何度も引きやっともらえた。その時獣医から成犬になるころは大きくなりますよ、獣医師より意思確認されても大丈夫と答え念願がかない我が家へ賢く容量のいい甘え上手な戌で我が家へ来た時首に空色のバンダナを巻いて来たのでそのまま名前は「そら」と決めました。以後は子供と同じく成長して思い出もたくさん作ることができました。餌の前に待てと言えばヨダレを流しながら待っていた。口の中に指を入れようと何を症と噛まなかった、べろべろなめるだけ、うんこも家でしない、しても気ずかれまいと自分で穴を掘り埋めていた。散歩ですれ違った他戌にほえたりせず無視。
でも最後は飼い主の勉強不足か初期の認知症だったかもしれない。その行動は後で本を見てわかった、もっといたわってやれたら、勉強不足か認知症行動が見られていたことに気が付かなかった。実感でも本当に忠誠心のある賢く可愛い憎めない上目使いのうまい「そら」君だったです。

ウェブリブログ登録10周年

ウェブリブログ事務局からお祝いメッセージが届きました
ブログ登録後10周年になりました。最初はPCの文字打ちの練習ぐらいの軽い動機ネタはその時々でPCの知識もなし、ましてや文章力もない、国語の成績悪かった特に文法。でもそんな私でもブログ訪問してくれている人がいるとわかり頑張ってきました。これからもこんな私のブログですが、何か意見がありましたらどうぞ遠慮なくどうぞよろしくお願いします